海外で日本の本が読みたくなったらホームシックかも?!

人生でホームシックにかかったことのある人はどれくらいいるんだろうか。どんなときに自分がいまホームシックにかかっているということを認識するんだろうか。

というのも、夫との海外生活のほかに自身の仕事の関係でいくつかの国で海外生活を数年間送った私。生まれて初めての海外生活では、若かったことと海外で住むということに慣れないこともあり、初日から数日間は部屋で一人になる度、枕に顔を埋めて大泣きしたことを覚えている。数ヶ月経って海外生活に慣れたと思っても、遊びに来ていた家族が帰ってしまった後はまたしばらく1人で大泣きしていた。でも海外生活の回数と年齢を重ねるごとに、多少の寂しさは感じてもホームシックから泣いたりするということは無くなっていった。

自分はもうホームシックを感じなくなったんだなと思っていたが、海外で生活を始めるたびに自分にとある現象が起きていることに気が付いた。日本にいるときは洋楽や洋画を好んで視聴しているのに、海外で生活を始めた途端、なぜかJ-POPが聴きたくなったり日本の映画やドラマが観たくなるのだ。あれほど好んで聴いていた洋楽をむしろまったく聴きたくなくなる。国を変えるとYouTube等で流れるCMもその国のものに変わるが、とにかくそれも視聴したくなくなる。日本にいるときはあれほど鬱陶しいと思っていた日本語のCMでさえ恋しくなるのだ。この現象に気づき始めたときは「不思議だな〜」というくらいにしか思っていなかった。

そして夫と一緒に生活をするためにオーストラリアに移住したときに話は移る。それまで自分の仕事の都合で海外で生活をしたことはあったが、愛する人のために自分が仕事を辞めて海外に渡る、そのようなことは人生で経験したことがなかった。つまりそれまでに経験した海外生活とは動機も性質も少し違ったのだ。海外に渡って一から仕事探しという経験も初めてだった。まあそんなに時間が経たないうちに仕事は見つかるだろうという安易な考えとは裏腹になかなか仕事は決まらず、仕事をしていないという自分に対しての情けなさと夫への申し訳なさが、時間を経る毎に募っていった。そしてそれまで海外で生活したときにはあまり感じたことのない外へ出ることへの恐怖みたいなものも出てきて、自分一人でスーパーや散歩に行くことさえも躊躇うようになっていた。これ以上仕事をせずに家にいたらどうにかなってしまうと思っていたころ、ありがたいことになんとか仕事が決まった。しかしワーホリビザで滞在していたため、これまでの自分のキャリアとは全く違うバーテンダーという仕事をすることになった。日本人は全くいない職場で、慣れないオーストラリア英語と慣れない仕事に囲まれてずっと緊張状態が続いていた。仕事に行く前は緊張と恐怖で涙が自然と溢れ、家では少しのことでもイライラするようになっていた。そして仕事の時間以外はずっとスマフォを見て、とにかく家に引きこもるようになっていた。そんな私にカウンセリングを勧めるほど夫は心配して、なるべく自然のある場所へ連れ出してくれていた。

そんな生活中ももちろん過去の海外生活同様、例外なくJ-POPや日本の映画、ドラマ、動画ばかりを視聴していた。それに加えて突然「あ〜日本語日本語日本語日本語ぉぉおおお!!!日本語の活字が読みたいんだぁぁあああ!!!活字に溺れたぃぃいいい!!!」という謎の欲求に襲われた。人生でここまで読書欲(活字欲と言ったほうが正しいだろうか)に襲われたことはかつてなかった。そもそも日本にいた時は読書を好んでするような人間ではなかったし、読書をしてる人を見て、なんで読書なんかしているのかを本気で理解ができなかった。何がおもしろいのかちっとも理解できなかったのだ。だから公共の場で読書している人などを見ると、カッコつけで読んでいるだけだろうとまで思っていた。そんな私が急に活字欲に襲われても、まず何から読んだらいいのか分からず、知り合いの読書が好きな方にそのことを話した。50代後半の人生経験も海外生活経験も豊富な方だったが、意外にも「分かる、分かるよその気持ち。僕も海外で生活してると特に活字が恋しくなるんだよ。僕の周りでも似たようなことを言っている人はいるよ。これもある種のホームシックなのかもね。」と言った。衝撃だった。それがホームシックだと捉えられるなんて考えたこともなかったからだ。おそらく自分の中でホームシックとは家族や友人を恋しく思うことだと捉え、故郷や日本をその範疇に入れていなかったのだ。そう考えると、わたしがそれまでただ不思議だな〜としか思っていなかったあのJ-POPや日本の映画・ドラマばかりを視聴したくなる現象も実はホームシックの一種だったのかと腑に落ちた。そして自分は故郷や日本に対しての帰属意識みたいなものは高くないほうだと思っていたので、実は無意識にも郷愁の念を感じていたということが意外だった。けれどそれまでずっと不思議に思っていた現象の謎が解明されたようで嬉しかった。

その後、自分でさえも本の好みが分かっていない私に「好きそうな本を探して今度貸すね」と宣言してくださった通り、貸していただいた本はとてもおもしろくてすべての活字を吸収するかの如くあっという間に読み終わってしまった。いつも小説を読み始めると集中できずに気がついたら全く別のことを考えたり、眠くなったりしていたので、そんな経験は初めてだった。と同時に、「自分でも本(小説)が読めるんだ!」ということがとても嬉しかった。

ここから私はどんどん本を読むことが好きになり、それがこのようにブログを書くことにも繋がったのだが、長くなりそうなのでそれについてはまた次のブログで書こうと思う。

今回も拙い私の文章を最後まで読んでくださって、ありがとう。

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